【開館30周年記念展 戦後日本画の山脈第3回】代表作家?堀文子を語る
2018.09.19
みなさんの中で「日本画家」というと、果たしてどんなイメージが浮かぶでしょうか。
「絵描きというより、この世を知りたい好奇心いっぱいで生きている人間と捉えていただくほうが、ずっとあたっているかもしれない」
ご自身についてこの様に評されるのは、私ども箱根・芦ノ湖 成川美術館のコレクションでも代表的な作家である、女流日本画家の堀文子先生です。堀先生は、なんと今年の7月に100歳になられました。
日本画の静謐さをたたえながらも目に鮮やかな色彩と、今にも動き出しそうな生命の躍動感。誰しもが一度見たら忘れられない作品の数々には、作家本人がモチーフにたどり着き絵筆をとるまでの感動、そしてその生きざまが込められています。今回は、あまりにも太く長いその作家生活のごく一端ではありますが、現在(2018年7月12日?11月20日)当館で展示中の作品とともに、ご紹介したいと思います。
堀先生の作品には、一定の画風というものがありません。年月を経るごとに移り変わる私たち人間そのものの様に、日本画の素材を用いて表現される一枚一枚に真新しい驚きが満ちています。しかし一貫して、そのモチーフは共通の熱気を放っています。それが「自然の生命力」です。堀先生は「藤」(2002年)や「椿」(2004年)のように、花や草木の絵を最も多く手がけています。特に赤と白のまだら模様に描かれた特徴的な椿は、堀先生が生まれる前から生家に植わっていたという≪太神楽≫の花です。この花は、作家が住まいを変えるときも一緒に移されるほど大切にされています。1918年東京に生まれ、絵を描きながら自然を求め、神奈川県の大磯、軽井沢、イタリア・トスカーナ地方などへと次々に住処を移す旅人たる心は、生まれて間もない幼少のころより育まれていました。子どもの頃の夢は研究者だったという堀先生ですが、画家となり主に草花を描く対象に選ぶことは、必然だった様に思えます。
この堀先生の自然への好奇心は年齢を重ねても全く衰えず、そのハイライトが、80歳を超えながらヒマラヤまで幻の青いケシを見に行かれたというエピソードです。この体験をもとに描かれた「ブルーポピー」(2001年)は様々な作品の中でも特に目を惹く力強さで、無数の棘に覆われた茎をもつ青い花だけが描かれたシンプルな画面にも関わらず、多くの人々を夢中にさせています。
自然に対する作家の眼差しは、植物だけでなく、もちろん動物たちにも向けられています。堀先生は美しい昆虫や鳥への取材の為に、アマゾンの森林、メキシコの奥地などへも足を運んでいます。「鳥達の空」(2004年)は、木の枝へ自由に群れる鳥達を描いた作品群のなかでも、特に大胆な構図の絵に仕上げられています。自然の中の賑やかな静けさを背景に、カラフルな姿でデフォルメされた鳥達の配置が、まるでダンスを楽しんでいるかの様です。
そして、そんな自然とともに生きる作家が、自らの老いと向き合い、自らもまた自然の一部であるという想いで描いた作品が「地に還る日」(2003年)であると言えます。堀先生は2001年に重い心臓の病に倒れてしまいます。しかしその復帰後も、黙々と廻って行く自然界のサイクルを、さらなる感動をもって見つめ続けているのです。
当館における堀文子作品の所蔵数は107点に及び、その中にはモチーフを絵に起こす際の設計図である、スケッチも含まれます。習作は本来画家にとって発表するものではなく、今回の展覧会では「南の海」「松並木」「未央柳」など8点を公開しており、非常に珍しい展示です。これらの色彩を使わない水墨調の写実スケッチは、堀先生の独特な世界観を支える確かなデッサン力や観察眼を私たちに伝えてくれます。
成川美術館は現代日本画の美術館です。現代日本画と聞いてパッとイメージの浮かぶ方、いまいちピンと来ない方、色々な方がいらっしゃると思います。堀文子先生の作品には、そんな人々の意識の垣根を越えて、新鮮な衝撃を与えてくれるパワーが溢れています。
堀文子先生の作品をモチーフにした、ハンカチやファイル、マグネット、スケジュール帳、当館のコレクションを収録した作品集など、たくさんのグッズも取り揃えています。
箱根・芦ノ湖にお立ち寄りの際にはぜひ、この好奇心と行動力に満ちた女性の作品を、ご鑑賞に来られてはいかがでしょうか。